心変わり

  1

 

 十年前、僕は殺人鬼を助けようとした。

 当時の僕は十二歳で、殺人鬼は九歳の女の子だった。名前は十(つなし)三日(みっか)といった。僕は彼女が人を殺す現場にたまたま居合わせた。その時点で既に、彼女は自分の両親を含む複数人を殺していた。僕が住んでいた街では通り魔事件として騒ぎになっていた。

 三日が人を殺していた理由は――分からない。

 本人にも訊かなかったし、聞いても理解できなかっただろうと思う。当時の僕はあまりそういうことを気にしていなかった。十年たった今になってみても、そういう所はあまり変わっていないのだけれど、まあ当時の自分の行動が客観的に見てどうかしていたとは認識している。

 僕は、彼女を警察から逃がそうとしたのだ。

 どうしてそんなことをしたのか、僕自身にもよく分からない。

 直接のきっかけは妹に頼まれたからだった。妹は三日の友達だった。妹が何を考えてそんなことを頼んだのかもよく分からないけれど、まあ、犯罪者を助けるのがどういうことなのかをちゃんと分かっていなかったのだろうと今は勝手に思っている。僕は兄として妹を諭すべきだったのである。

 罪を犯せば罰を受けるべきとかいう人道的な判断を抜きにしても、そもそも両親を殺してしまっているのだから今まで通りの生活に戻るのは無理なのだ。それに警察に保護されても九歳児が死刑になるわけもない。どこかしら問題があったから人なんか殺していたのだろうし、だったら然るべき所で然るべき処置を受けた方が三日のためでもあっただろう。

 当時の僕にだって、その程度のことが分かっていなかったわけもないのだけれど、ならばどうして彼女を逃がそうなどと考えたのかといえば、今になってもよく分からない。当時の僕にも説明できなかったと思う。

 一応、僕が三日の味方をした要因の一つとしては、通り魔事件を調べていた幼馴染みの存在があった。僕が三日と出会うより前に、その幼馴染みは自力で事件を調べて真相に肉薄していた。今にして思えば、小学生にして殺人事件の真相を突き止めていたあの幼馴染みも、僕とは方向性が違うにせよ結構おかしい。彼がそういう子供だったから、何事においても僕は彼に負けっぱなしだったので、一度くらいは何かで勝ってみたいと以前から思っていたのだ。

 そんな時期に、僕は妹と共に偶然にも三日が人を殺す現場に居合わせ、三日を助けるようにその場で妹に頼まれた。幼馴染みが既に相当いい所まで事件の真相に辿り着いていることは知っていたから、都合良く犯人サイドの味方ができるようになったことで、彼との知恵比べで勝ってやろうという対抗心が芽生えた――というのは、まあ多少はあった。

 ただ、それが理由で三日を助けようとしたのかといえば、それも違うと思う。

 彼と勝負をしたいのなら、もっと穏便で人に迷惑をかけない方法がいくらでもあった。人からは無気力という評価を下されることが多い僕だけれど、勝負事だけは何でも全力でやる。学校のテストの点で彼を上回っただけでも満足できたと思う。知恵比べがしたいというだけの理由で通り魔の逃亡幇助をするというのは、どう考えても釣り合いが取れていない。

 いや、逃亡幇助どころではない。

 僕は、三日を逃がすために、彼女に何人も殺させたのだ。

 一応、行き当たりばったりに殺させていたわけではなく、三日を逃がすための計画というのはちゃんとあった。まあ今になって思えばうまくいきそうにない計画であったが、そのために邪魔な人間がいたり、人の死体が必要だったりしたから三日に殺させていたのだ。

 何を考えていたんだろうと思う。

 何も考えていなかったんだろうと思う。

 人が死ぬことの意味を、幼かったから理解できていなかった、というわけではない。人は殺せば死ぬし、死ねばもう生き返らないし、そうなれば悲しむ人がいるし、死んでも誰も悲しまないような人でも殺していいわけもない、というくらいは理解していた。当時は馬鹿だったけれど――いや、今でも馬鹿なのだろうけれど、馬鹿なりにそれくらいは分かっていた。

 分かってはいたけれど、気にしてはいなかった。

 自分で殺していないから別にいいと思っていた。

 そういう所も、十年たった今でもあまり変わっていない。というよりも、僕の周りでは絶えず人が死に続けているから、人の死に慣れてしまって余計に鈍感になっている。ただ、それを気にしない方が異常なのであって、そのままだと周りに迷惑ばかりかけるということも理解しているから、気にはしなくとも気をつけるようにはしている。

 当時は、いくら人が死んでも特にどうとも思わない方がどうかしている、ということを理解していなかった。毎日世界中で人がたくさん死んでいるけれど誰もそのことを気にしていないし、よく知らない人が死んでもどうとも思わないのは自分だけではないんじゃないかと思っていた。まあ今でもそう思っているのだけれど、それとこれとは話が違うことが分かっていなかった。

 それにしたって、三日を助けるといいながら彼女に人殺しを重ねさせていたのは、我ながらどういう了見だったのだろうか。まあそれも気にしていなかっただけなのだろうけれど、これに関しては僕にいわれるがままに死体を並べた三日の方も何を考えていたのかよく分からない。

 そのことに限らず、三日が何を考えていたのかは一から十まで藪の中なのだ。彼女を逃がすための計画を実行している間は三日を自分の家に一緒に住ませていたのだが――親は遠出していて留守だったのだ――数日間を一緒に過ごしても、彼女が何を思っていたのか全く分からなかった。

 まあ。

 気にしていなかったから、分からなかったのだろうけれど。